シンガポール、公的医療全体に「AgentSea」を展開――医療従事者が12,000超のAIエージェントを作成
シンガポールの国立HealthTech機関Synapxeは2026年8月24日、公的医療セクター向けのエージェント型AI基盤「Synapxe AgentSea」の展開状況を発表しました。
AWSと共同開発されたプラットフォームで、医療従事者は専門的なプログラミング知識がなくても、自然言語を用いて業務に合わせたAIエージェントを作成・共有できます。
AgentSeaは導入から約2か月で12,000を超えるAIエージェントが作成され、300以上が他の利用者も再利用・改変できる形で共有されています。
用途は診療記録の要約、調達業務、勤務表やレポートの作成など多岐にわたります。
実臨床では、National Heart Centre Singaporeの循環器医が、診察前に既往歴や臨床上の問題、診療計画などを整理するpre-clerking用エージェントを作成しています。
報道では、最大20人分について1日40分以上かかっていた準備作業が約半分になったとされています。
ただし、これは医師への取材に基づく報告であり、臨床研究によって検証された効果ではありません。
AgentSeaには承認済みツールへのアクセス制御、監査ログ、モニタリングなどが組み込まれ、機微情報を外部へ共有しない環境として設計されています。
医療機関ごとに個別導入するのではなく、国レベルで共通基盤を整備し、現場の医療従事者が自ら業務を設計する点が特徴です。
一方で、AIの出力確認と最終的な臨床判断は、引き続き医療従事者が担う必要があります。
参考:https://www.synapxe.sg/media-releases/artificial-intelligence/public-healthcare-agentic-ai-platform
中国、AI医学画像研究の倫理指針を公表――最終判断と責任は人間に
中国科学技術部は2026年8月27日、国家科学技術倫理委員会・医学倫理分科会が策定した「AI医学画像研究倫理指針」を公表しました。
基礎アルゴリズム研究から技術開発、臨床検証、実用化への橋渡しまでを対象とし、人類の福祉、公平性、人間の主体性、プライバシー、安全性、透明性の6原則を示しています。
指針ではAIを医療上の意思決定を補助するものと位置づけ、最終的な診断・治療方針と医療行為への責任は人間が担うとしています。
患者にはAIの役割、リスク、限界について説明を受け、自らAI支援を受けるか決める権利があるとしました。
研究では原則として書面による同意を取得し、必要に応じた動的同意や同意撤回も求めています。
モデル評価については、内部・外部検証だけでなく、異なる医療機器、医療機関、患者集団をまたぐ再現性の検証を重視しています。
前向き臨床試験や多施設リアルワールド研究を通じ、アルゴリズムの性能指標だけでなく、実際の患者利益を評価することも求めました。
導入後の性能ドリフトやモデル更新によって生じる新たなリスクも、継続的な倫理審査の対象です。
また、合成画像を実患者データと混同したり、モデル性能の誇張や倫理審査の回避に利用したりすることを認めず、生成方法やリスクの開示を要求しています。
本指針はAI医療全般を直接規制する法律ではありませんが、研究から臨床展開までに必要な倫理上の論点を具体化した文書として注目されます。
参考:https://www.most.gov.cn/kjbgz/202608/t20260827_197206.html
口腔粘膜画像解析AI「Mucosight AI」が承認――専門医への受診勧奨判断を支援
大阪大学大学院歯学研究科は2026年8月31日、研究成果を基盤とするプログラム医療機器「口腔粘膜画像解析システム Mucosight AI」が製造販売承認を取得し、社会実装段階に入ったと発表しました。
承認日は2026年2月24日、8月下旬からの提供が予定されています。
Mucosight AIは、一次歯科医療機関で撮影された口腔内画像をクラウド上で解析し、口腔がん、白板症、良性腫瘍、口内炎の特徴を有する領域について所見情報を提示します。
歯科医師が、その患者を口腔外科などの高次医療機関へ紹介すべきか判断する際の支援に用いられます。
本システムは口腔がんを確定診断するものではありません。
承認された使用目的は「高次医療機関への受診勧奨の要否判断の支援」であり、最終診断は歯科医師または医師が行います。
一般歯科では口腔粘膜疾患を多数経験する機会が限られるため、AIによる診断代替ではなく、専門医療へつなぐトリアージ支援として設計されている点が重要です。
開発には複数の大学・医療機関が参加し、口腔外科専門医が疾患分類や病変部位、画像品質などを確認したデータが使用されました。
大学発のAI研究が薬機法上のプログラム医療機器として評価され、具体的な診療フローに組み込まれる段階へ進んだ事例といえます。
参考:https://www.dent.osaka-u.ac.jp/page-19045
AI発見標的・生成AI設計薬「rentosertib」、Phase III試験を開始
Insilico Medicineは2026年7月7日、特発性肺線維症(IPF)治療薬候補rentosertibのPhase III試験開始を発表しました。
Rentosertibは、AIによる疾患標的探索と生成AIによる分子設計の双方を用いて開発されたTNIK阻害薬です。
同社はPandaOmicsを用いてTNIKをIPFの治療標的候補として特定し、Chemistry42によって化合物を生成・最適化しました。
中国21施設、IPF患者71例を対象としたPhase IIa試験では、安全性・忍容性を主要評価項目として12週間の投与が行われました。
12週時点の努力性肺活量(FVC)の平均変化量は、placebo群が−20.3mL、30mg・1日1回群が−27.0mL、30mg・1日2回群が+19.7mL、60mg・1日1回群が+98.4mLでした。
最高用量群で改善シグナルが認められましたが、各群17~18例と小規模で、FVCは副次評価項目です。欠測値もあり、有効性が確立したと判断できる段階ではありません。
Phase III試験では、中国47施設で約320例を登録し、52週間におけるFVC年間低下率を主要評価項目として検証します。
AIが標的探索や候補分子設計を効率化できる可能性は示されてきましたが、最終的に問われるのは患者に対する有効性と安全性です。
Rentosertibは現在も治験薬であり、Phase IIIでPhase IIaのシグナルが再現されるかが重要になります。
参考:https://insilico.com/news/xmjsn4l091-insilico-initiates-phase-iii-clinical-tr
国産医療特化型LLM「Med-Sarashina」、順天堂大学など4者が共同研究
SB Intuitionsは2026年8月10日、順天堂大学、ソフトバンク、HEMILLIONSと共同で、国産医療特化型LLM「Med-Sarashina」を活用する研究を開始したと発表しました。
研究は6月から進められており、臨床、研究、医学教育における生成AIの社会実装を目指します。
Med-Sarashinaは、SB Intuitionsが国内でフルスクラッチ開発した基盤モデルを医療向けに発展させたものです。
共同研究では、順天堂大学が監修した臨床推論評価用の症例データや医学教育用データを追加学習し、「Med-Sarashina-Juntendo」などを用いて、研修医の臨床推論能力向上や医学教育の標準化・効率化を検証します。
さらに、医療データによる事後学習やナレッジグラフを組み合わせ、診断支援・医療文書作成支援ツールの試作品も開発します。
医療情報については、3省2ガイドラインに準拠したHEMILLIONSのデータ基盤上でモデルを構築し、安全な運用体制を検証する計画です。
ただし、現段階では研究・試作段階であり、実臨床で診断に使用されているものではありません。
パラメータ数やモデル構造、医学ベンチマークでの性能も公表されていないため、「国産であること」と医学的性能は分けて評価する必要があります。
今後、医師による臨床的評価やハルシネーション、安全性に関する定量的な結果が示されるかが注目されます。
参考:https://www.sbintuitions.co.jp/news/press/20260810_01/
医療AIの効果は利用者の専門知識で変化――LLMの説明が非専門家の過信を増幅
MIT、Columbia University、Stanford Universityなどの研究チームは2026年8月4日、皮膚疾患診断におけるAI支援の効果が、利用者の医学的専門知識やAIの提示方法によって異なることをNature Medicineに報告しました。
研究には一般人623人、プライマリケア医153人、医学生320人が参加しました。一般人の悪性黒色腫と母斑を区別する課題では、平均診断精度がAI支援によって69.7%から75.8%へ向上しました。
一方、12症例のうち2例ではAIが意図的に誤った診断を提示しており、この場合はAIに判断を引きずられるautomation biasが確認されました。
特に一般人では、AIの正しい診断にLLMの文章説明を付けると成績が13.4%改善した一方、誤診に説明を付けると21.1%低下しました。
LLMが視覚的特徴と結論をもっともらしい文章で結び付けることで、医学知識のない利用者に「理解できた」という感覚を与え、誤った結論への追従を促す可能性があります。
プライマリケア医では、AIの予測とconfidenceのみを示す単純な形式で大きな改善が得られ、LLMによる詳しい説明を追加してもさらなる向上は確認されませんでした。
また、自分で診断を考える前にAIを提示する「AI-First」では、先に人間が判断する「Human-First」よりanchoring biasが強まる傾向もみられました。
なお、本研究で診断を行ったのは画像認識AIであり、LLMはその診断を前提とする説明の生成に使われています。
医療AIの安全性には、モデル精度だけでなく、誰に、どの説明を、判断プロセスのどの段階で提示するかというインターフェース設計も関係することを示した研究です。
参考:https://www.nature.com/articles/s41591-026-04553-w
今週のまとめ
今週は、医療AIの研究成果だけでなく、実際の医療制度や診療フローへ組み込むための基盤設計が目立ちました。
シンガポールのAgentSeaは、医療従事者自身がAIエージェントを作成・共有する国レベルの環境を整備し、中国の倫理指針は、人間の最終責任、患者の選択権、外部検証、導入後の性能監視を明文化しています。
国内では、Mucosight AIが専門医への紹介判断を支援する承認済み医療機器として社会実装へ進む一方、Med-Sarashinaは医師による評価や安全なデータ運用を検証する研究段階にあります。
AI創薬ではrentosertibがPhase IIIへ到達しましたが、有効性と安全性の確立はこれからです。
また、皮膚疾患診断の研究は、分かりやすいAI説明が必ずしも安全性を高めるとは限らないことを示しました。
医療AIの実装では、AIの性能だけでなく、利用者の専門知識、責任分担、出力の確認方法、診療プロセスへの組み込み方まで含めて設計することが重要になっています。
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